TaKotarou’s blog

語ります。

シェック・ウェスとは何者か。

Sheck Wesとは何者なのか。トラビス・スコットが設立したCactus Jack Recordsにサインした二人目のアーティスト*1。Cactus Jack Recordsは*2名門傘下のレーベルである。さらには、モデル活動もしている。バスケットボールも得意で、服飾のデザイナーも手掛けようとしている。そんな20歳のアーティストについて*3

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彼のルーツはセネガル*4にある。ムスリムの両親はセネガル移民であり、ニューヨークのハーレムで育つ。母親は93年にセネガルから移住する。ミルウォーキーでヘアサロンを経営。ハーレムには95年に同じく移住した父親が住んでいた。5歳から14歳の間はミルウォーキー、長期の休みにはニューヨークのハーレムといったように行き来していたという。DMXやオール・ダーティー・バスタード、シェウン・クティを聞き育った。ハーレムではウィードや盗品を売りさばくような少年だった。しかし、11歳の頃から音楽を作り出す。188センチでスリムな体型、運動神経は抜群。ニューヨークに戻ったウェス、高校で最高のバスケット選手と評される実力を持つ。さらには端正な顔立ちであることから、地下鉄でスカウトをされ、後のボスであるカニエ・ウェストのYeezyのショーでモデルとして参加する。

 

だが、スターには必ず壁がある。この華々しい息子に懸念を抱くものがいた。母親である。母親はウェスを故郷であるセネガルのトゥーバに修行に出すことを決めたのである。ムーリッドスーフィー派の中心で、イスラム教を学ばせようとしたのである。もちろんウェスは反抗する。だが親は絶対である、他に道はなかったのだ。そして2016年の6月にウェスはセネガルへ旅立った。初めて出会うセネガルにいた兄弟。その兄弟にパスポートを没収される。変えるためにはやるべきことをやれと脅迫めいたことをされる。生きるために、自分が育てた羊を殺し、食べる。そんな生活が待ち受けていた。18歳になるまで帰れなかったのだ。だが成功するものは、そこから何かを学ぶのである。ウェスは修行中に自分自身の源を見つけ出す。このアフリカ文化を愛しているという程になったウェス。トゥーバに希望を届けるということ、エイコンのようにセネガルを助けるという目標を胸に刻み、5ヶ月後アメリカへ帰ってきたのである。そして生まれ持った楽観主義ともに成功の階段を登っていく。そんなウェスが今求めるものは、全てである。NBAでプレーする、グラミーにエミーにゴールデングローブ。そしてノーベル平和賞

 

ウェスのスタイルは、シンプルなビートにモッシュピットが起きるようなラップである。歌詞はシンプルだが、ウェスいわく全てに意味があるという。コーラスは盛り上がれるような騒々しいものだ。ウェスが叫ぶ”Bitch”という言葉。これがアメリカのティーン達に共鳴し動かすのだという。ティーンたちの怒り、学校、人との関係、家庭の事情。これらに共鳴する。その怒りを”Bitch”が示している。”Mo Bamba”に”Live Sheck Wes”のような熱狂的なトラックをリリース。トラビス・スコットのAstroworldにも参加。その後はMudboyというデビューアルバムが控えている。

 

ハーレムの次世代を担おうともしている。マルチプレイヤーぶりを発揮できるのか。そんな誇り高い野望をいだいた20歳のアーティスト、シェック・ウェス。期待の星である。

 

ツイッターインスタグラムサウンドクラウドユーチューブのリンクはこちらより。

出展はこれらの記事より。

kulturehub.com

pigeonsandplanes.com

pitchfork.com

www.hotnewhiphop.com

 

*1:一人目はスモークパープ

*2:G.O.O.D. Music傘下のレーベル、更にはG.O.O.D. MusicがInterscope Recordsの傘下

*3:ウェス自身はラッパーではなくアーティストと自分自身を評している

*4:西アフリカ